父のお葬式

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先日、入院していた父が亡くなりました。

弟から父の意識が無くなったと連絡があり、その数時間後に父の訃報が入りました。

すぐに父の住んでいた遠方の県に母とかけつけました。

今年の夏に父の生きている姿を見たのが最後でした。

その時に父の手を握り、優しくできて本当に良かったと思っています。

仮にその時、父に冷たくしていたら、一生後悔して苦しんでいたと思います。

人間はいつか必ずお別れする時がきます。

それがいつになるのか分かりませんが自分自身のためにも、どんな時でも人に優しくすることは大切だと、父の死により、身をもって実感することができました。

弟が依頼した葬儀屋の建物の中は父の遺体が安置されている和室の部屋、そして遺族が寝泊まりするための寝室、台所、お風呂、トイレ、洗面所がついていました。

父の葬儀と火葬が終わるまで、私と母はそこで父を弔いました。

私は部屋に安置されている父にお線香をたむけ、父の遺体に声を出して話しかけました。

生前の父は霊の存在を信じておらず、「人は死んだら無になる」と言っていたので、父の魂は自分の遺体を見てパニックを起こしているかもしれないと思いました。

自分が死んだことにも気づかずに、弔問に来てくれた人たちに話しかけても誰も反応しないので無視されていると怒っているかもしれません。

私は桜井識子さんの著者「死んだらどうなるの?」を読んでいたので、その辺の知識があったのが幸いでした。

私は父の遺体に向かって

「今までよく頑張ったね、お疲れ様でした。

今の父さんは病気からも解放されて自由なんだよ。

父さんは自分の遺体を見て驚いているかもしれないけど、父さんは死んで、魂と肉体が切り離されて魂だけになっているんだよ。

だから自分で自分を触る事はできるけど誰かの肩を叩いてもすり抜けたり、話しかけても相手には父さんの声は届いていないんだよ。

父さんからは私たちの姿が見え、私たちの声は聞こえるけれども、私たちからは父さんの霊の姿は見えないし、父さんの声は聞こえないの。

今の父さんは現実界と重なった幽界にいるけど、光に向かって進んでいけば成仏界に行くことができるんだよ。

その光の大きさは人によって違っていて、もしかして米粒ぐらい小さいかもしれないけど四方八方を見て探してね。

必ず見つかるから。

そして光に向かって進んでいったら、その先に三途の川があるので必ず渡ってね。

人によって三途の川が出てくる人と出てこない人がいるみたいだけど。

さらに進むと既に他界した懐かしい人たちと懐かしい再会ができるよ。

父さんの大好きだったお母さんや兄弟や親戚の人たちと再会できるよ。」

と声に出して、父に話しかけた途端、いきなりろうそくから「バチッ」という、ものすごい音がしました。

普段から霊の存在を信じていない弟でさえも「これは父からのメッセージに違いない」と言っていました。

私は父に「父さん、メッセージくれたんだね。ありがとう」と伝えました。

さらに不思議なことに父のまぶたから涙がうっすらとにじみました。

本当に不思議な出来事でした。

父が安らかに成仏することを祈りました。

父の葬儀代は私と弟で折半で支払いました。

父が残していたほんのわずかな貯金はお坊さんに支払うお経代と戒名代で消えてしまいました。

父らしいと思いました。

それまでは父の話題になると、時々ラップ音がして、父が反応してくれていましたが

葬儀代の話になると父にとって都合が悪いのか、ラップ音がしません。

「父さん、こういう時こそ音を出してよ」と父に言いましたが、シーンとしています。

バツが悪かったのかもしれません。

父のお葬式には父の親戚や遠縁の方が参列してくれました。

お葬式では葬儀屋の方が生前の父の一生を紹介する場があるということで

事前の打ち合わせで、弟が父の経歴や父の特徴、エピソードを一人で答えていました。

弟は私と母に口出しさせないように必死にバリアしてきました。

父の家庭をかえりみなかったことや女遊びや夜遊びをしてきたことを葬儀屋のナレーションの方に話すのではと恐れていたみたいでした。

私や母が話すはずなどないのに・・・

お葬式のナレーションで紹介された父の一生はきれいごとそのものの人生でした。

事実は父の経歴のみで、それ以外は知らない人の一生を聞いているような錯覚に陥ってしまいました。

でもなぜかそれで良かったと心から思いました。

歴史に出てくる人物もきれいごとだったり、権力者にとって都合の良い出来事にしたり、歴史は勝手に作り替えられているのだと思いました。

お葬式が終わり、父の棺に父が愛用していた物やお花をみんなで入れてあげました。

私と母が「父さん、何かメッセージはないの?」と父の遺影に話しかけに行くと、シーンとしています。

なので遺影の近くにあった花を指差して、「これを動かしてみせて」と父に言いました。

すると不思議なことに私たちが指差した花だけが大きく左右に揺れました。

指差した花だけが揺れているのです。

室内なので風もなく、空調の風の影響でないことも明らかです。

左右にかなり大きく花が揺れたのを見て、私は号泣してしまいました。

それからは涙が止まらず、父に話しかけることはできませんでした。

私はお葬式前に父に成仏する方法(光に向かって歩き、三途の川を渡る)を教えてしまったので、父が自分のお葬式に出ているのか不安でした。

自分のお葬式を見ないでさっさと成仏していたら寂しいなとお葬式で初めて不安になっていました。

一方で父に無事成仏してほしい気持ちでいっぱいでもありました。

そんな時に父が「自分はここにいるよ」とメッセージをくれたことが本当に嬉しかったのです。

その後、父の火葬も終わり、その日は母と二人でホテルに泊まりました。

そして明け方、目が覚める直前に父から「行けた」と三文字のメッセージがありました。

父の声がしたわけではなく、「行けた」というのが私の脳内にすっと入り込んできた感じです。

無事成仏できたのか確信はありませんが、生前の父はせっかちな性格でやるべき事はさっさと終わらせるタイプだったので誰よりも早く成仏したのかもしれません。

父の供養はこれからもずっとしていきたいと思っています。

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